沖縄県立芸術大学 受験
芸大・美大 入試 実技対策 / 沖縄市の美術予備校

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合格者インタビュー ★ 後編

インタビュー:2020.2.10 @カフェユニゾン

平岡昌也 (アーケイド)

比嘉七海 (石川高校3年/沖縄県立芸術大学工芸・推薦入試合格)

金城妃美佳 (普天間高校3年/沖縄県立芸術大学絵画・推薦入試合格)

じゃあ次は、妃美佳さん。まずは、将来の夢を教えてください。

 

はい。職業として具体的には今は決まっていなくて、大学に進学するのも、とにかく絵が描きたいからって感じなんです。自分が社会と関わる手段が、自己表現とかモノをつくることであってほしいし、そうだったらいいなとは思います。うーん、ただ会社員になって、もちろんそれがやりたい職業だったら生き甲斐なんでしょうけど、自分のことを考える暇もなく自分が居たっていう事実も身内の記憶にしか残らないっていうのは、ちょっと自分としては寂しいなって思ってて。真面目な話がいいですか?

 

→そりゃあ一応真面目な話がいいけど~(笑)絵画の分野に進むときの想いって1つなわけないじゃん。これっていう1つのものじゃなくて、話がまとまらなくても良いから、本音を聞かせて欲しいな。真面目がいいけど(笑)

 

★はい(笑)。趣味じゃなくて、本気で絵を描いたりモノをつくったりして、自分の絵を観た人が凄く感動したり、「この人の絵めっちゃ好き」とか、そんなダイレクトな反応とか影響を求めてるわけではなくって、観たっていう記憶が何らかの形で残って、ジワジワーっとこう、、生活の中で、、。言葉にするって、、やっぱり難しいことですね(笑)

うーん。 、、、。やっぱり。第一に。自分を残すため絵を描きたいです。そしてそれが、自分のことを表現することによって、自分が見てる場所というか、自分が関わってる周りの社会全体が生きやすい場所になるように絵を描きたいと思うし、それは趣味じゃなくって、できることなら仕事にしたいなと思っています。

 

→なるほど、いいね!!昔話してくれた将来の夢の話で、コザのいろんなアーティスト(音楽シーン等含む)の映像つくりたいって言ってたじゃん。そういうのはどうなの?

 

それもあって。最近は、イベントに度々行ったり、シンガーとかラッパーさんとかと関わったり、クリエイターさんから学んだりする中で、映像じゃなくても行けるなーとは思ったんですけどね。

 

→例えば?

 

★ジャケットのカバーとかもあるし、他にもいろいろ、可能性はまだ絞らず何でも挑戦していきたいなと思ってます。話はそれるんですけど、私ラップ好きで、沖縄のHIPHOPが好きなんですよ。日本のHIPHOPは、大阪とか神奈川の中の荒々しい地域や東京がメインで、地方のシーンは活発じゃないような印象を私は受けています。沖縄は中心からすごい離れてるのに、すごくHIPHOPが盛んなんですよ。結構世界をリードしてたり、日本のHIPHOPシーンを引っ張ってるような人もいるし、何でかなーと思ったら、やっぱり環境。HIPHOPに適した環境って言ったらちょっと違う気もするんですけど、特殊じゃないですか、オスプレイが目の前を飛んでたりとか、過去に何度も何度も被虐的な立場に陥ってきて、今もそれが残ってて。心の中にも。それをラッパーの人たちは、悲観もしてないけど楽観もしてない。それをありのままとして受け入れて、じゃあオレはどうしたい、みたいな、そういう目を持ってる人たちだなって思うんですよ。

私もその考え方に共感するし、損得じゃなくて、自分たちの立場を卑下するわけでもなく、かといってあまり特別特別ってするでもなく、それが日常、良いも悪いも特徴っていう、そういう見方をしてるHIPHOPをしてる人たちと関わりたいと思うし、そういう見方も含めて沖縄のHIPHOPシーンはこんなにも盛んなんだよっていうことを言いたいんです。それを、他のジャンルと同じくらい、関わりやすい馴染みやすい文化っていうか、そういうものとして、この見方の良さを広げて行けたらなって思って。それを絵とか映像で、やってみたいとは思ってます。

 

→それは良いね。うん良い。なかなか出会う機会がないから。ジャンルの話じゃなくって、そういう想いを持ってる人とね。出会う機会が一般的に結構少ないはずだから。

 

★何かに抗おうっていうのが前面に出てるわけではないんですけど、それが滲み出てるんですよね。リアルな日常を言葉で書きだそうとすれば、それが虐げる人に対しての気持ちになっちゃう時もあるけど、立場的には好きなことをしようっていう方向っていうか。

 

→なるほどね。確かなリアルな日常だもんね。

じゃあ次の質問。他県の芸大じゃなくって、沖縄の芸大に行きたいって思った理由は何かある?

 

★はい。自分一人だけ、多くの人に絵をみせて有名になりたいとかだったら、内地の市立に行った方がその数だけ可能性も膨らむし、近道だろうなと思うんですけど、うーん何かが、、。例えばスティーブ・ジョブズがめっちゃ成功してても、別に何も湧かないじゃないですか。だってその人はすごい人だし。遠い国の成功者だし。でも、同じクラスの誰かがあれくらい成功したら、自分も何かしよう!!って思うじゃないですか。そこです。与える影響の質、その距離の問題だと思います。私が沖縄を拠点に制作していろんなことをやっていくことが、自分がああだよねこうだよねって思ってることを一番伝えれるし、説得力もそこにあると思うし。さっきのラッパーさんの話に似てるんですけど、沖縄の魅力っていうのは、簡単には言えないと思うんですよ。青い海、綺麗な空、世界遺産とか。これだけが沖縄の一番の魅力かっていったらそうでもなくて。

 

→うん。イメージ化されたものも沢山あるしね。

 

★細かい細かい歴史の引継ぎ、文脈、そういうの全部ひっくるめての今、っていうのが沖縄の良さだし。4年間を内地の大学で過ごしたら、その良さを感じとる機会を自ら断つことになるし、その中で絵を描いてなかったら、自分がいざ沖縄を伝えたいって思ったときに届けることができないんじゃないかなって思って。それで沖縄で学びたいんです。

 

→良い話だ。うん。嬉しい。有名になるために手段として絵を描く人も中にはいるだろうけど、妃美佳さんの大切にしてるとこはその過程にあるんだもんね。そこが魅力だよね。アーティスト=職業でなくて、アーティスト=生き方だからね。誰とどう生きたいか、なぜ描くか、地に足がついてて、すごく素敵だと思う。七海さんも同じ印象だしね。2人とも高い志だけじゃなくて、揺るがないくらい深い根を生やしててすごく良い。

音楽の話になるんだけど、駆け出しのミュージシャンが2人いたとするじゃん。高い機材揃えて最高の曲つくって、デモテープを有名な企業に何度も送って、成功する日を夢見る人がいたとして。一方で、ちょっとでもお金が工面で来たら、ライブハウス借りて、例えお客さんが目の前に2・3人だとしてもその出会いを大切にして、地道に活動を続ける人がいたとして。成功の過程で、ホントはどっちも大切なことなんだけど、個人的には後者の人の方が信頼できるもんね。同じ表現者としてはね。届けたい誰かが確かにいて、その想いを共有する場・時間にも意味を感じててっていうね。

じゃあ次の質問。高文祭で最優秀賞(1席)をとった時って、どんな気持ちだった?

貴重な経験だからね。

 

★授賞式で名前を発表された瞬間、無だったんですよ。その後も、誰かに褒められても、めっちゃ嬉しいとかでもなくて、、。

 

→そうだろうね。うんうん。

 

★でも変わったことって言ったら、順位は美術の先生たちの票数で決まるわけなので、確実に誰かが良いって言ってくれたってことで、保証を得た感じがして。今までは自分の絵が大好きで何かそれだけだったんですけど、評価っていう保証を得たことによって、自分の絵をもっと他の人に見せても許されるんだなっていう感覚です。インスタに絵を載せることがそれまでにもあったんですけど、高文祭の時の絵ではじめてインスタの投稿内容にキャプションをつけたんですよ。描いたモデルさんのこととか、その経緯、コンセプトとか。

 

→なるほど。コンセプトって生き方を昇華して哲学的に再構築して、誰もが主体的に感じ取れるものにしたものだと思うんだけど。それまでは、人に言いにくかった、もしくは言う必要のなかったコンセプトとか作品の内容だけど、その高文祭の作品は人に伝えれるし伝えたいと思えたわけだよね。

 

★はい。めちゃくちゃ恥ずかしかったんですけど、はじめて内容もインスタに載せたんです。ナンセンスかなとも思ったんですけどね。そしたら、びっくりするくらいいろんな反応が来て。普段絵に全然興味ない人とか、知らない大人の人も、どういう気持ちになったよとか、長いコメントを送ってくれて。高文祭が終わってその日の夜が、もう一番嬉しかったんですよ。それまでも自分は自信家のつもりだったし、自分大好きみたいな感じで生きてきたんですけど(笑)、何処かで自分がつくるものに対してはあまり自信が無くて。他と比べちゃう時もあるし。でもそういう意味で言ったら、臆せず出せるようになったってだけでも私にとってもすごく意味のある賞でした。

 

→良い話だ。当時、お父さんお母さんへの毎月の手紙の中にも書いたんだけど、その授賞式の翌日、推薦入試提出用の油画(自画像)にとりかかる日ね、いきなり口紅で描きだしたのが印象的たったんだよね。沖縄の同世代の中で、ある種の1番になった翌日にだよ、その作風で推薦入試の絵も描いちゃおっかなって、よくならなかったよね。しかも、大事な推薦入試の作品。最初の一筆とか、映画の最初のシーンとか大事じゃん。すべてが決まるっていうか。逆にすべてを物語ってるんだろうけどね。有名になって成功することが目的かどうかっていうさっきの話に繋がるのかな。合格のための絵を描かなかったところが、合格の要因だったんだねきっと。挑戦する、今を表現する、あくまでもそれが自画像だっていうね。

 

★はい。高文祭の絵は、モデルになってくれた子、同じ高校3年生の一人の女性としてリスペクトしてる人がいて、その子がいたからこそたまたま生まれた塗り方であったり技法で、あくまで表現なので。それでいい感じに描けたのかなって。先生がいつも言ってくれるように、技法が先にきて、ただの技法になったら、もう、、それは全然だめじゃないですか。

 

→うん。そうだね。

 

★推薦用の自画像は、うーんそうだな。自分に対するうーん。ずっと自分のこと好き好きって言って生きてきてるんですけど(笑)でも、それは、あれなんですよ。例えば誰かから褒められたとして、「えーそんなことないよー!」って言う人いるじゃないですか。あれ絶対やらないでおこうと思ってて。「ありがとー!」って。

 

→うん、偉いね!

 

★「ナルシストだよねー」ってよく言われるんですけど、自分のことをちゃんと好きでいれる自分が好きなんです。きっと。でもそう言ったって嫌いなとこいっぱいあるじゃないですか。なんか、性格も外見も数えだしたらキリがないけど、そういうの全部ひっくるめて好きという。自画像を描くにあたって、そういう弱いところもひっくるめて好きって言いたいですーっていう作品です。最終的に表面上見えなくてもいいから、根底にある好きっていう強い想いを一番最初に描きたいと思って。自分の心が楽しくなるように。口紅で描きました。

 

→うん。とっても良いことだね。その口紅の一筆目、それが全てをあらわしてるね。

 

★はい。そのおかげで、纏わる自分らしさっていうのを、自画像を描き進める中でも出していけました。

 

→次の質問。推薦入試で、どういう自分をアピールしたかった?
 

★はい。県芸の油画を推薦で受ける人、結構知ってたんですよ。SNSの時代ですし、美術やってる人は交流もありますし、個人的にも。北部は誰が凄いとか。南部は誰とか。芸術系の高校からは誰とか分かってる上で、上手い下手とかは置いといて、自分が一番絵が好きって思えたんですよ(笑)。

 

→うん、あるよねそういう気持ち(笑)大事にしたいよね。

 

★はい。そうは言っても中学校の時からめっちゃいろんな賞を総なめにしてる子とかいて、もうその人の名前検索したらワァーってでるようなそんな人もいるんですよ。仲良しなんですけどね。勿論開邦高校の子とかも上手でしょうし、必然的に芸術系の大学に進むでしょうし。

でも自分はこれまでそういう美術のレールに乗れてないんですよ。普通高校でそんなにコンクールも出したことないし、勉強もいっぱいするとこですし、それでも流されずやってきたからこそ、どうして行きたい、こうして行きたい、こうなりたいって真剣に考えるタイミングが何度もありました。私は絵が好きなんだー!!っていうその明確な想いを伝えれば、推薦行けるんじゃないかなって。思って推薦を受けました。

→うん。なるほど。

それで、合格して。大学ではどんなことやってみたい?

 

★絵は、高2の時に本格的にはじめて。油絵を描いた枚数も絶対的に少ないし、しっかり油絵を極めたいですね。それから、映像等も含めて、表現手段をいろいろ吸収したうえで、自分のスタイルはこうだって、見つけて行きたいですし、自分がその都度やりたいことの目的に応じて、いろんなことを選択できるような人になりたいです。大学4年間沖縄に居て、いろんな人と関われる時間もせっかくあるから、大学の仲間ともグループ展とかやってみたいですし、学外の別ジャンルの、例えば音楽の人だったりとも何かできたらなと思ってます。描く人たちだけじゃなくって、全然そういうのに興味がない人達、自分の友達とかも含めて、そういう人達に楽しさを伝えていけるような、そういう活動をしたいです。

 

→なるほど。次の質問。3年生の時に観た展示会で一番記憶に残ってるものは何?

 

★沖縄県立博物館美術館で開催されていた「作家と現在」ですね。

企画展示室、会場の一番最初の目につくところにあった作品で、<矛盾の中で眠る>っていう写真があったんです。

 

→伊波リンダさんの作品かな。

 

★はい、そうだったと思います。砂の中に人の顔・目だけが見えていて、そういう作品なんですけど、このタイトルを観たことによって、その後4人の作家さんの作品を観ていくきっかけとして、最初からすごく良かったんです。

一番は、石川竜一さんの展示がめっちゃ良くって。印象に残っています。何部かに展示構成が分かれていて。最初に観たのが、<home work>みたいなタイトルの一連の作品群でした。石川さんのアパートの室内とか、窓から見える景色とか、そういうめっちゃ生活~日常~みたいな感じの写真がバーッて目線の位置にあって、その目線の位置から1mくらい上に、遠距離で撮ったオスプレイとかそういう写真がバーッてあったんです。見せ方がめっちゃいいなーって。メッセージ性が強すぎるわけでもなく。

 

→それがリアルな日常だもんね。実際、いまここの窓のところ遠くを飛んでたら、気づかない時もあるかもしれないもんね。

 

★はい。それがめっちゃリアルな感じがして。なんだろう。伝えるって感じじゃなくて。これが日常ですって。日常の方にフォーカスをあててて。注視しないと気づかないことも潜んでて。そういうありのままみたいな、それが凄く良いなと思いました。

あと1個、40分くらいのショートムービーみたいのもあって、<MITSUGU>っていうタイトルだったんですけど、MITSUGUさんっていう人から石川さんが連絡をもらって、写真を撮りませんかー?みたいになって。それで写真を撮りに行ったときに、たしか、連絡をもらって半年後くらいに行ったらしいんですよ。行ったときに、MITSUGUさんのお母さんが1か月前に亡くなってたみたいで。他にもMITSUGUさんのヌードの写真もあるんですけどね。このムービーの中では、MITSUGUさんのお母さんが多分沖縄の伝統的なあれで、お墓に入れないか何かだと思うんですけど、海に散骨することになったみたいで。そうなったときにMITSUGUさんのお家に、たまたますり鉢と棒があったみたいで、MITSUGUさん本人がお母さんの骨を骨壺から出して、砕いて、タッパーに入れるっていう。その状況を、定点カメラみたいな感じでひたすら撮っている作品でした。それがめちゃくちゃ長くて、30分くらいずっとそれなんですよ。無音。無音なんですよ。MITSUGUさんの日常、自然な姿を垣間見る感じで。そのあとに、車に乗り込んで、MITSUGUさんと石川さんが海に散骨しに行くシーンから、音がつくんです。海に骨をまきながら、MITSUGUさんがお母さんに向けて「今までありがとう、大好きだよ」みたいなことを言うシーンがあって、うろ覚えなんですけど。それで終わるんですよ。この作品、話だけだったら、めっちゃ悲しいじゃないですか。

 

→まあ、いろいろ複雑だねー。

 

★はい。MITSUGUさんのそれまでの人生みたいのが、紙にして貼ってあって、波乱万丈なそういうのを見つつ、MITSUGUさんの人生を踏まえたうえで、唯一の肉親であるお母さんとの別れ、しかもお母さんの骨を砕いて、それだけ見たらすごい、言い方悪いですけどドラマチックじゃないですか。話だけだったら。MITSUGUさんも全身タトゥー入ってて、それだけで絵になるしメッセージを発しそうな感じだし。でも映像を観たときの私の印象は、そういう感じじゃないんですよ。ただの記録みたいな。感動的な音楽が流れるわけでもなく、ほら感動しなさいみたいな感じじゃなくて。

その石川さんの<home work>と同じ感じで。ただの日常で。ただの人の記録みたいで。そういう坦々としてる感じが良かったんです。

 

→うん、なるほどね。衝撃的な時の、何とも言えない坦々とした時間の流れって、うちらの日常にも少なからずあるよね。

 

★はい。表現の自由についての話とか、アーケイドでも皆で話していた時期だったし、タイムリーだったんですよ。表現者としてとっても大事な事な気がして。ドラマチックに見せようとか、どこかの立場に立って見せようとかじゃなくって、坦々とした感じが。とっても誠実な気がして。その人に対してもだし、作品としても。観る側に対しても。

 

 

→<home work>も含めて、その見せ方ができるのは、作家の力量でもあるんだろうね。どこまで現実を、そのありのままを受け入れることができるかっていう、ね。石川さんの懐の深さ、器の大きさだよね。

 

★はい。最初の伊波さんの<矛盾の中で眠る>っていう作品が、そこで繋がる気がして。矛盾の中で叫ぶとか、矛盾の中で抗うとかだったら、全然違うじゃないですか。ありのままの展示っていう気がして、ものすごくいいなーって、すごく考えさせられる展覧会でした。

 

→うん。ただ妃美佳さんよく分かるよね。もしかしたらだけど、普通は高校生には難しいことかもしれない。じゃあ目の前の日常、好きなものをただ絵にしたら良いかって言ったら違うじゃん。いろんなことと向き合って、受け入れて、その上での日常への眼差しでしょ。一周して大事っていう。そういう本質的な芸術の話ができるようになって嬉しいよ。
じゃあ最後の質問。

アーケイドについて聞こうかな。入ってみて印象ってどうだった?まず七海さん。

 

★はい。確かに、一般的な美術予備校とはきっと違うんだろうなーっていうのは、前々から思っていて。一人一人と向き合ってくれてるっていうのを感じます。向き合い方の違いを日々感じてました。もう一人工芸で推薦入試に合格したりんかさんとも、違うじゃないですか。接し方も、毎日の実技の内容も、対話で考えを深めていく内容も。面接の練習内容も。ポートフォリオについてのアドバイスも。ほんとにアーケイドに入って良かったなって思えるのはそこで。自分はアーケイドに入ってなかったらたぶん、っていうか平岡先生に会えてなかったら、今こういうことになってないなって、思うんですよ。普通予備校は、受験に合格することが最終目的な気がしていて、アーケイドは全然そんなことなくて、受験のその先を見てるじゃないですか。先生が前衝撃的なこと言ってて(笑)。合格するか少し不安になって進路自体を迷いはじめてる先輩がいて。「受験なんていつか受かるでしょ!」みたいなこと言ってて(笑)。何というか、目の前のことだけ見すぎてて、受験生はみんな数カ月後の合否だけが気になって勝手にいっぱいいっぱいになってるんだなーって。自分のペースで頑張って、大事にしなきゃなのは、夢に向かって1歩ずつ前進すること。大学受験の時期ではあるんですけど、もっと夢に向かう1歩目の、人生において大切な時間をアーケイドで過ごしてるんだなーって、しっかりやるべきこと考えるべきことが明確になる出来事でした(笑)

→うん。ちゃんと届いてて良かった(笑)

美大合格って状況は、見た目は皆同じ、卵みたいな段階だと思うんだけど。

ちゃんと、雛にかえれるクリエイターの卵にしてあげたいもんね。中身が育たないとね。生まれない卵を育てちゃうのは、もう悲しいよ。

★あと(笑)ダメなところばっかり言われないのもあります。今日のデッサンめちゃ下手くそだって自分で思ってる時も、先生は良いねーって、良いところ見つけてくるんですよ(笑)じゃあそこは崩さないで、ここだけ次から気をつけようって。

→妃美佳さんは、アーケイド入って来てどう感じた?

 

★七海さんと被っちゃうんですけど、デッサンでも絵でも、一個一個ちゃんと見てくれる。めっちゃ今日無理~とか、日によって完成度が違う時もあるし、でもどこか頑張ったなっていうところをちゃんと見てくれてるっていうか。そういうのがあるから、受験時期を経ても、絵を描くのが好きでいれてるんだなって。

あと、受験に受かるための絵の描き方を具体的に教わったっていうのが、あんまりなくって(笑)こうやってこうやって描くんだよーみたいのは、あんまり沢山は教わらないじゃないですか。自分で気づきましょう!みたいな。気づけるための練習課題をしっかり選んでくれてるし。自分は、絵を描いて、受験用の絵が上手になりまーすっていうのよりも、考えること。これから絵を描いていく上で必要になるようなことについての話の方がめっちゃ印象に残っています。それもこうあることが正しいとか、何かこういうことが正解とか、すぐ答えを提示するんじゃなくって。考えるきっかけじゃないですけど。もし言われなかったら考えもしなかったし、気づきもしなかったようなことを、いっぱい考えた1年だったなって思っています。自分でいっぱい考えて、いろんな話をすることによって、気づけたり、自分がどうありたいとか、そういうのもだんだん形を成してきたし、こういう話がコンスタントにあるじゃないですか。話する場みたいな。そういうのがあることによって、もっと自分のことだけじゃなくて周りのことにも注意を払うようになったっていうか、目の前の出来事について掘り下げて考えるようになって。


 

→ありがとう。嬉しい、そう思ってくれてるなら良かったな。皆でホントいっぱい話してきたね。楽しい1年だったねー。

 

それから、実技も結局大事なところは一緒だよね。デッサンもね。

目の前に答えがあるしね。良いデッサンも微妙なデッサンも、ネットでいっぱい検索できる時代じゃない?メソッドもすぐ調べれるでしょ。実際。とにかくすごい転換期だよね。社会の様々なことがね。答えを教える・教わるの関係が機能しなくなってるというかね。

 

話それるけど、料理だって、美味しい作り方、分量・手順・載ってるでしょ。クックパッドに無数に。ある程度のものは、素人でもできちゃうじゃんね。ホームページのデザインだって、無料のソフトで一定のものくらいは手軽にできちゃうし。作曲とかもそうなのかもね。ある一定のところまではね。知識と方法論は、ネットに載ってる時代。AIができちゃう時代。求められるのは、無数に溢れすぎた情報の中で、どれがホントに美味しいの?良い料理って何?何のために?誰に向けて?精査して、取捨選択する力。つまり嗅覚。

デッサンの話に戻るけど。やっぱり一緒で。いまどんなデッサンを描くべきか。考えることが大事。見る目と嗅覚を養うこと。こんなデッサンを描きたいっていう、すごいかっこいいイメージはみんなの中にもあって。じゃあそのイメージにどうやって近づこうか??今日何を調べて、具体的にどんな挑戦と実験をして、失敗して、明日の糧にできるかっていう。もうそれは、夢・ビジョンに向かって進む、生き方そのものだもんね。デッサンを通して、生きる力を身につけて欲しい。そのために、一緒に考えて行こうねっていう。

皆で考えて、何が良いのか、価値観を認め合いながら、共有し合いながらね。アーケイドでは高校生が講評担当もするもんね。

やっぱり、最初から方法論とか考え方・モノの見方を教えてあげることはできないよね。若者の考える機会を奪うようなことは、どうしてもできない。クリエイティブな道に進む大切な時期だから。目の前の世界・モチーフとしっかり向き合って、みんなで考えて、嗅覚もスキルも養おうよっていうね。アーケイドってそういう感じだよね。もう二人は熟知してる話だね。

 

今日はいろいろ、本音を聞かせてくれてありがとう。後輩たちが読んだら、きっと刺激になると思う。大学でも、仲間たちとたくさん語り合って、価値観を共有し合って、芸術を楽しんでね。インタビューお疲れさまでした。